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2008’04.09・Wed

東京の風

 大自然ばかりが地球じゃないですよね。大勢の人が住んでいる大都会も、地球のひとつの顔です。「あめつちのしづかなる日」を東京でも開いてみたいと思ったのは、そういう気持ちからだったのかもしれません。人だけがそうではありませんが、やっぱり人こそが地球だと思います。人間はちっぽけな存在です。でも現時点での最先端の生き物だとも思います。人が目覚めなければ、地球はやっぱり悲しんでいる。確かなものなどなにひとつ持ち合わせていないぼくですが、ずっとそう思ってきました。映像つきの小さなコンサートぐらいで地球のなにが変わるわけでもありません。けれど、どんなに大きな変化も始まりは小さな点かもしれません。いろんな街で小さな灯火が揺らめいている様を、地球を離れてながめてみたいものです。

 東京を離れるときに感じました。ああ、やっぱり東京という雰囲気、エネルギー、風というものがあるのだと。東京には日本の他のどこにもない風が吹いています。そこに住んでしまうと感じにくくなるかもしれませんが、地方の街から入り、また違う街へ出てゆく経験をしてはっきりとそれを感じました。東京にこそ、本当の憩いが必要です。心の森、心の海が必要です。ひとりよがりなマサヒロ丸のつぶやきですが。

Dsk9348.jpg

       鎌倉にて

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2008’02.14・Thu

初春

 月の暦の正月も、きのうで七日を迎えました。春の七草は、昔は今ごろだから味わえたんでしょうね。スーパーの店頭ではなく、野原に咲いていたんですから。我家では夫婦ふたりで七草粥ならぬ、七草鍋をしてみました。あまりに葉っぱを買い込みすぎて、お粥では食べ切れないと思ったわけです。今朝は葉っぱを食べ過ぎて、すこしお腹が重い感じがします。きっと緑のお腹をしています。

Dh9313.jpg

 さて、ぼちぼちと、「あめつちのしづかなる日」が動き出そうとしています。まずは東京公演の準備をしてもらっています。四国徳島はつるぎ町の小高い丘で朝の散歩をしているときに、なんと、「今度は都会でもやってみたいなぁ」とひとり言を言っていたぼくです。なんだか面白い。ひとり言が形になるなら、こんなのはどうだろう。「よし、来年あたりは、ヨーロッパだ。ドイツの片田舎とか、アイルランドの草原でとか」。千晶坊、万が一に備えて、心の準備ぐらいはしといてね。













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2007’08.17・Fri

千晶 in 北海道

 
 北海道のあめつちコンサートからそろそろふた月ほどにもなろうとしていますが、その折に撮影した千晶さんの写真ができました。仕事のペースがとってもゆっくりになったマサヒロ丸なので、千晶さんもさぞかし出来上がりを首をなが~くして待ってたかも知れませんね。ロケ地は支笏湖と恵庭のなんとかガーデン(物忘れが激しくなったかも)。ファインダーの中の千晶さんは、まるで妖精のようでしたよ。ほんとに楽しい撮影でした。カメラマンとモデルという関係でなく、きっと親友だから生まれる雰囲気なのかもって勝手に思っています。ホームページやチラシ、ニューアルバムなどにもどんどん使ってくれそうです。どうぞお楽しみに♪

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2007’03.17・Sat

自然な流れに身を任せ

 
 千晶さん、ありがとう。千晶さんのささやきに応えて、マサヒロ丸もひとこと、ごあいさつ。

 みなさん。(と言っても、まだそんなに訪れてくれる方はいないかもね)でも、未来のあなた、もうあめつちのしづかなる日の出会いは決まっていますよ♪ 共に手を取り、それぞれの暮らしを大いに遊びましょう。


20070317120024.jpg


 映像と音楽のコラボレーションは他にもいっぱいあると思いますが、この「あめつちのしづかなる日」の特徴をあげるとしたら、主義主張がないということかも知れません。千晶さんもぼくも、自然な流れに身を任せるのが大好きです。みんなそのままで良いと思っています。何も変えようとする必要はない。だから要求も望みもない。主張しなくてもいいのです。

 それでは向上しないではないか、と心配になる方もいらっしゃるかも知れませんね。でも大丈夫。変化しないでいることなど、だれひとり決してできないんだもん。無理矢理何かを変えようとしなくてもです。今の自分はどんな自分かと気づければ、それで十分。変化する自分を感じていられれば、それで十分。変化は、自然な流れです。まるで蓮の花が静かに開くように。ぼくはそんな風に思っています。

 そして、映像と竪琴ライアのしらべ「あめつちのしづかなる日」のひとときは、自分を感じるにはうってつけの場になるだろうと微笑みながら想像しています。そんな未来の記憶が、そろそろと動き出しているぼくです。


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